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Ψ「界面学」

(MR)「界面学」? なんだか聞き慣れない言葉だね。

(申彦)僕が勝手につくりました。

(MR)界面の学問ってこと?

(申彦)学問といえるような体系立ったもんじゃないです。

むしろ体系にならないような知。

「界面知」というものを考えようってことかな。

(MR)そもそも「界面」て何よ。

(申彦)界面は英語で言うと、「interface」 でしょ。

あいだの面ということだ。

(MR)なにかとなにかに挟まった面ってことかい?

(申彦)そう、そう。

この interface を作るのはやり方が二つあって。

一つは、分割する。

(MR)分割?

(申彦)まあ、お茶碗が割れるみたいなことです。

(MR)お茶碗が割れると interface が出来る?

(申彦)割れたところに新しい表面が出来るよね。

表面というのも物質と大気のあいだの面。

つまり界面、interface ということです。

(MR)なるほど。

もう一つは?

(申彦)それが、なにかとなにかに挟まった面ってこと。

つまり出会う、くっつくいた時の interface。

(MR)ふーん、どう違うの?

(申彦)「分割」というのはデカルト以来の要素還元法。

つまり通常の科学知に相当すると思うんだよね。

    簡単に言うと割って調べるというやり方。

けど「出会う」方は、個人的な体験知みたいな。

(MR)そっちは科学っぽくはないですね。

(申彦)だけど「出会う」も含めて「界面知」ですよ。

科学知も大事だけど、体験知も無視しない。

そういう知の枠組みって必要なんじゃない?

(MR)UFO現象とかがあてはまりそうだね。

体験ばかりで物証がない、とか言われるから。

(申彦)フェイク情報も多いけどね。

でもそうじゃない情報もあるんじゃないかな。

(MR)といっても体験しかないから証明はできない。

(申彦)虚実を分けようとするよりも、虚実皮膜のところ。

界面にあるものが重要なんじゃないかな。

(MR)科学と非科学の一線を引かない。

で、界面問題として捉える。

そういうこと?

(申彦)個人の問題も国家の問題も、

科学の問題もオカルト問題も、

意識の問題も無意識の問題も、

ありとあらゆるものが界面問題なのでは?

というのをこのブログの視点にしたいなあと。

(MR)わかったようなわからぬような。

(申彦)まあ、とりあえず始めてみますか。

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執筆者:saruhiko

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